イエメンのコーヒー栽培

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写真右:一粒一粒手作業で摘まれたコーヒーの実は、そのまま家の屋上や乾燥所で1、2週間天日乾燥される。

伝統農法がイエメン・コーヒーを支えている

イエメンを代表とするアラビカ種のコーヒーは、暑さを嫌います。暑すぎる地域では、バナナやパパイヤ、ナツメヤシの木などのシェイドツリーを植えて日陰を作り、暑さからコーヒーの木を守ります。緯度によっても異なりますが、標高1800m以上の場所では、ほとんどシェイドツリーの必要がないようです。
1年に2回ずつ雨季と乾季があるので、基本的に年2回収穫できますが、後半の収穫期(11月~1月)が質においても量においても中心になっています。収穫方法や精製工程は、どこの地域もほとんど同じで、昔から一貫した伝統的な方法で行われています。実は、これがイエメン・コーヒーの優秀な香味を作り出すポイントだと私は思っています。
収穫は、真っ赤に熟した実だけを、一粒一粒人の手によって摘み取ります。3~5mにもなる樹では、ハシゴを使って収穫しています。人による作業がしやすいように、ある程度年数が来るとカットバックや植え替えなどをして、コーヒーの樹高を調整する産地がほとんどです。
イエメンでは、すべてアンウォッシュド・コーヒー(非水洗い式)なので、収穫したコーヒーの実は、そのまま家の屋上や乾燥所で1,2週間乾燥させます。雨季と乾季がはっきりしており、乾燥期に雨が降ることはほとんどありませんが、時として雨が降る場合や、夜露が降りそうな夜は家の中で乾燥を行います。
こうして乾燥が終わったコーヒーの実は、自家消費用は「実」のまま保管し、使う時ごとに、手動の石臼か木の臼で脱穀して、コーヒー生豆と皮殻(果肉)に分け、どちらもコーヒーとして飲んでいます。
自家消費用以外のコーヒーの実は、それぞれの地域にいる仲買人に直接売るか、その地域の集荷所に持って行き、取引するかです。どちらにしても、必ず仲買人を経由して商社に渡ります。なぜならイエメンは、部族社会ゆえ、他人(他の部族)が、勝手に他の部族地域に入り込み、ましてや大事な収入源を横取りするのは、とても危険が伴ってできないことなのです。
各地の集荷所では、「コーヒーの実」を取り引きする場合と、隣接する脱穀所で「コーヒー生豆」と「皮殻」に分け、それぞれ別々に取引する場合があります。
大きな商社は、独自に脱穀所と精製所を数カ所に持っていますので、ほとんどの場合、「コーヒーの実」を買いつけます。それを、電動式石臼脱穀機を使って、「コーヒー生豆」と「皮殻」に分けます。コーヒー生豆は、人海戦術によるハンドピックで、クズ豆やゴミなどを取り除き、60kgの麻袋に詰め、皮殻は、国内消費用として別の麻袋に詰めて、産地別に倉庫に保管し、注文ごとに出荷しています。
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写真上:電動式石臼脱穀機で、コーヒーの実を、生豆と皮穀(ギシル)に分ける。良質なギシルにするため、熱が発生しにくい石臼歯を使用。

「ブン」と「ギシル」の2種類のコーヒー

イエメンでは二種類のコーヒーが飲まれています。一つは、焙煎して挽いたコーヒー豆を、煮出して作るアラビア・コーヒーで、イエメンでは「ブン」と呼ばれます。もう一つは、コーヒーの皮殻を煮出したコーヒーで、「ギシル」と呼んでいます。イエメンでは、このギシル・コーヒーが圧倒的によく飲まれていて、またの名を「イエメン・コーヒー」と呼ばれているくらいです。歴史的には、ギシルを飲む飲用文化は、ブンよりも古くからありました。
 ギシル・コーヒーの作り方は、地方や家庭によって、加える香料の種類が異なりますが、非常に簡単です。まず、水を入れたイエメン式ポットに、焙煎したギシル(皮殻)、ジンジャー、カルダモン、チョウジ、ナツメグなどの香料を加えます。砂糖をたっぷり入れ、火にかけて煮出す。茶こしで漉しながらガラスのコップなどに注いでできあがりです。
 高地にあるイエメンは、夜間は急激に冷え込みます。冷えきった朝に、体を温める一杯として、よく飲まれるようです。味はとてもスパイシーですが、ブンとはまったく違った味と香りで、何杯でも飲め、体が暖まるさわやかな飲み物です。
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写真左:首都サナア、写真右はマナハのコーヒー出荷所。部族社会のイエメンでは、必ず仲買人を経由して、コーヒー豆の取引が行われている。

現在、世界でギシル・コーヒーを飲んでいるのは、イエメンとエチオピアの一部地域(主にイスラム教地区)とブラジルのアマゾン地方(コーヒーに混ぜ、増量材として使用)の一部の人々に限られています。
コーヒーの本でイエメンの「ギシル・コーヒー」を調べてみると、「イエメンでは、コーヒー豆は外貨獲得の重要な輸出品のため、国内ではしかたなしにコーヒーの殻を使った、ギシルというコーヒーを飲んでいる。とかかれています。
しかし、私が三度のイエメン訪問で強く感じたことは、「イエメンの人々はブンよりもギシルを好んで飲んでいる」ということなのです。
首都サナアの喫茶店(マクハ)でも、ブンよりギシルの方がよく飲まれていましたし、町のスーク(市場)でも、ギシルの方がメインで売られていて、コーヒー豆は売り場の片隅に少し置いてあるか、時には置いていないこともあったくらいでした。価格はどちらもほぼ同じか、物によってはギシルの方が高いこともあったので、安いからギシルを飲んでいるのではなく、やはり好んで飲んでいると考えるのが妥当でしょう。

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写真左:脱穀を煮出して作るギシル・コーヒー。イエメンの人々は、ブンよりギシルを好んで飲む。

良質なギシル(皮殻)は、どうやって作るのか

ギシル(皮殻)を作るには、完熟した赤いコーヒーの実だけを一粒一粒丁寧に摘み、アンウォッシュド(ウォッシュドではギシルはできない)の天日乾燥法で、1,2週間じっくりと乾かし、石臼の脱穀機で脱穀します。
ここで注目質のが、イエメンでは必ず石臼歯の脱穀機を使うということです。石臼歯は、コーヒー豆が欠け豆になりやすいし、コーヒーの生豆に石臼歯の破片(イエメン・コーヒーの生豆に時々白い石が入っている)が混入したりします。ヨーロッパ製の鉄製の硬質歯を使った、欠け豆になりにくい高性能な脱穀機がいくらでもあるのに…。なぜか「石臼歯」なのです。
実は、高速回転の金属の刃では、熱が発生しやすく、ギシルが粉々になってしまって、美味しくて良質なギシルにはならないのです。そのため、低速回転で熱が発生しにくい石臼を使います。石臼は、良質なギシルを作るのに重要な役割を果たしているのです。
これらの精製工程を見ると、いかがですか?
そうです、イエメンの人々は、良質なギシル(皮殻)を作るために、伝統的な栽培、収穫、精製方法などを継承し続け、その結果、世界でも類稀な良質なコーヒー豆を産出していたということだったのです。
イエメン・コーヒー豆の「謎」を解く「鍵」は、このギシルに隠されていました。近年、イエメンでは紅茶がよく飲まれていますが、将来、ギシル・コーヒーに取って代わることのないように願っています。イエメンの人々がギシル・コーヒーを飲み続ける限り、イエメン・コーヒーの豆は、そのスパイシーな芳香と秀逸な味をいつまでも保証してくれるからなのです。
イエメンのコーヒー栽培

写真上:市場でも、ギシルをメインに売る。良質なギシルを作るために、コーヒーを栽培するのだ。

コーヒー原産地報告『待夢珈琲店』今井利夫
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