バニー・マタル3地域のコーヒー

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「モカ・マタリ」は「イエメン・コーヒー」の総称?

バニー・マタル3地域のコーヒー

バニー・マタル3地域のコーヒー 「バニー・マタル」(登録商標では「バニーマタル」)は、名著『オール・アバウト・コーヒー』(ウィリアム・H・ユーカーズ著)によると、「ベニマタ」と翻訳されていて、イエメン国内でも、昔から最も優良なコーヒーを産出する地方として有名です。アラビア語で「バニー」は「子孫」、「マタル」は「雨」を意味します。
直訳すると「雨の子孫達」となり、名前からも雨に恵まれた地方であることが想像できると思います。
現在、私達がイエメン・コーヒーの総称(?)として使っている「モカ・マタリ」は、本来、このバニー・マタル地方で採れたコーヒー豆のことだけをいいます。
イエメン各地でコーヒーが収穫されていた19世紀までは、繁栄を誇っていた、紅海沿岸のモカの港町から世界各地にコーヒーが輸出されていました。当時から、イエメン・コーヒーの中でもバニー・マタル地方で収穫されたコーヒーは、特に良質であったのでしょう。他のイエメン・コーヒーと区別するために、豆に地域名をつけて輸出されていたのです。つまり、「モカ港から輸出されるバニー・マタル」の「マタル」が名詞化して「マタリ」となり、「モカ・マタリ」と呼ばれるようになったと考えられます。
しかし、「モカ・マタリ」と呼ばれるコーヒーの「高級ブランド」には、バニー・マタルの豆だけではなく、他の地方の豆も含まれていたのです。いつしか時代の流れの中で、イエメン・コーヒーは、ヤーファ産(バニー・マタル地方の南東)の豆も、ハッジャ産(同、西)の豆もすべて「モカ・マタリ」と呼ばれるようになってしまったのです。
バニー・マタル3地域のコーヒーバニー・マタル3地域のコーヒー 日本で一般的に売られているイエメン・コーヒーは、「マタリ999」や「マタリ777」の名称で売られていますが、この「マタリ」も本来の「バニー・マタル産」という意味で使われているのではなく、「イエメン産コーヒー」の意味(中にはバニー・マタル地方の豆も含まれるのでしょうが、100%ではない)と知っておいてください。

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写真上は、ヒラーラで訪れた農園の農園主と村民。コーヒーの樹1本1本が、規則正しく植えられ、手入れの良さがうかがわれる。

バニー・マタル地方に見られるコーヒー栽培事情

98年、通算3回目のイエメン渡航で、私は初めてバニー・マタル地方を訪れることができました。首都サナアより西に約50kmに位置する、バニー・マタル地方は、標高1600~2300m、玄武岩質の黒い土壌は濃い緑で覆われています。気候的には、昼夜の温度差が非常に大きく、空気が良く乾燥していて、イエメン国内では雨量が多い所の一つです。昼夜の温度差が激しい、雨量が多いなど、良いコーヒーのできる条件がほとんど揃っている地方だと言えます。

コーヒーの収穫期は11月から1月までです。バニー・マタル地方のコーヒー産地は、大きく分けると、三つの地域から成立していけます。山岳地帯の山間に位置する、「ハイダル・ジャルク」、斜面のテラス(山の斜面)にある「ヒラーラ」、ワディー(涸れ川)沿いに畑が連なる「ブクラン」です。

ハイダル・ジャックは、標高2000m前後の地域にあり、約70の部落が点在しています。1000本単位でコーヒーの樹が植えられている畑が、険しい山脈の谷間に延々と続いています。あまりにも険しい山地のため、トラックなどが入り込めず、ここで収穫したコーヒー豆は、いまだにロバを使って運んでいるそうです。

ヒラーラでは、標高2000m前後のテラスの段々畑に、コーヒーが栽培されています。私が訪れた南斜面の農園は、とても手入れが行き届いていて、8000本から1万本のコーヒーの樹が栽培されていました。樹高は2mから4m位、なかには100年近くは経っていると思われる古木もあり、イエメンでのコーヒー栽培の歴史の古さに驚かされました。それぞれのコーヒーの樹は、規則正しく植えられ、畑ごとに樹の大きさも揃っていました。水や栄養分のまわりも良好なようで、それぞれの樹に元気があふれているのが印象的でした。

私が訪れた時期が乾季だったにもかかわらず、山肌に剥き出しになった岩盤からは、水がわき出ていました。たとえ少量にしても、乾季に水が湧き出るということは、イエメンの他の地方では大変珍しいことです。ヒラーラではコーヒーにとって、最も大切な「水の確保」が、1年中約束されていて、毎年安定した良質のコーヒー豆が収穫できるのでしょう。

ブクランは、この地域だけでバニー・マタル地方の約40%のコーヒー豆を産出する一大生産地です。ワディー沿いに手入れの行き届いたコーヒー畑が数キロに渡り続いています。標高は、ハイダル・ジャルクやヒラーラに比べて、それほど高くはないのですが、夜には夜露が降りるくらい冷えます。

バニー・マタル3地域のコーヒー
私はブクランにある農園の一つに、寝袋を持参で泊まらせていただきました。日中はTシャツ1枚でいても心地よいぐらいなのに、日が落ちて夜になると急に冷え込み、セーター無しではいられないほどの寒さでした。やはり、この昼夜の激しい温度差があってこそ、良質なコーヒーができるのだと身をもって体験することが出来ました。写真上:標高2000m前後に位置するヒラーラ。写真は、その入口にある村。テラスに沿って設けられた段々畑で コーヒーは栽培される。
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バニー・マタル3地域のコーヒーバニー・マタル3地域のコーヒー写真左:バニー・マタル地方の約40%のコーヒー豆を産出するブクランのコーヒー畑。昼夜の温度差の激しさが、良質なコーヒー豆を生み出す。

バニー・マタル3地域の中でも豆の特徴が異なる

バニー・マタル地方のコーヒー豆は、全般的に小粒で、やや細長く、黄色みを帯びたゴールデンビーンズを多く含んでいるのが特徴です。味は、甘みが特に豊かで、フルーティーな酸味があり、柔らかく、下にまとわりつくような脂肪感があります。香りは若草の爽やかな香り(特にニュー・クロップが強い)や色々なスパイシー香があり、一般にいわれているモカ臭はありません。
実は私は、97年にバニー・マタル3地域のコーヒーをサンプリングする機械がありました。試してみて初めて気づいたのですが、驚くことに、この3地域のコーヒーは微妙に豆の形や色、味、香りなどが違っていたのです。
なるほど・・・。「バニー・マタル」という商標名がついたコーヒー豆が、年ごとに、さらには、ロットどとに、味や香り、形が異なっている理由がわかりました。これは、かねてから、私が疑問に感じていたことだったのです。
現在、日本で販売されているバニー・マタルは、3地域の中の地域の豆に限定して出荷される訳ではなく、地域によって、気候や収穫の時期が異なるため、作柄に応じて「バニー・マタル」と明記された袋に、順次詰めてゆくからなのです。つまり、ロットによって、ヒラーラだったり、ブクランだったり、ハイダル・ジャルクだったり、ということが起こるわけです。さらに極端にいうと、同じ年の同一のロットの「バニー・マタル」であっても、袋ごとに多少の違いが出る可能性もあるということなのです。
どちらにしても、バニー・マタル産のコーヒーは、世界でも有数な優良コーヒーであることは間違いないのですから、それほどの問題ではないのですが、近い将来、バニー・マタルの3地域の豆が、それぞれ指定買いできるようになると楽しいでしょうね。現にサウジアラビアは、ヒラーラの豆を指定して買っているという話を聞いています。
ちなみに現在、11月から1月にかけて収穫されたバニー・マタルのコーヒー豆は、ホデイダの港より輸出され、4月か5月に日本に到着してきています。
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バニー・マタル3地域のコーヒーバニー・マタル3地域のコーヒー写真左:ブクラン内を貫いているワディー(涸れ川)。ワディーに沿うようにして、手入れの行き届いたコーヒー畑が数キロに渡り続いている。

コーヒー原産地報告『待夢珈琲店』今井利夫
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