「岩陰の村」と「雲上の楽園」

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岩だらけの中に、突然サイヒの村が現れた!

「岩陰の村」と「雲上の楽園」

岩陰の村”と“雲上の楽園 サイヒのコーヒーは、登録商標名では「クラシック・モカ」と呼ばれます。サイヒは、首都サナアより北西約60km、イエメンの最高峰ナービー・シュワイプ山より北方の山の標高1800mに位置しています。
 険しい場所にあるこの村へ向かう道は、途中から岩だらけのクネクネ道になりました。私の乗っていた4WDの車は、時速5kmしか出せず、2,3時間も走り続けなければなりませんでした。
 とにかく村へ向かう道すがら、見渡す限り岩ばかりで、「果たしてこんなところでコーヒーができるのか」と疑っていました。まるで、「イエメンのグランドキャニオン」です。ライオンが正座しているような岩山を横目に通過すると、突然緑が豊かな村サイヒがあらわれます。ワディー(涸れ川)沿いに、コーヒーの木が少量栽培されていました。
 まず驚いたのは、化石質な土壌です。転がっている石には、貝殻などの化石がきっしりと詰まっていて、昔、この辺りが海の中であったことがうかがえました。ついコーヒーのことを忘れて、化石集めに没頭してしまうほどの化石の宝庫でした。
 真っ黒な岩壁の間からは水が流れだし、川を作っていました。訪れたのが1月で、乾季だったにもかかわらず、水は豊かに流れ出し、伏流水の小川にはアオミドロがいっぱいに繁殖し、古い木は見かけませんでした。数十本単位の小さな畑が、川に沿って連なっていました。この村だけでは、それほど多くの収穫量は期待できません。おそらく、ほかのいくつかの村の豆とまとめることで、量を確保しているようです。収穫期は11月から1月です。
サイヒのコーヒー豆は、イエメン・コーヒーにしては、比較的粒が大きめで丸みを帯びています。ニュー・クロップはみずみずしく、手に持った感触は柔らかな脂肪感があります。香りはバニー・マタル地方のコーヒー豆ほど強くはないが、やはりスパイシーさを持っています。味は、甘みが強く、滑らかで柔らかく、コクがあります。特にエキスにすると伸びがあって、とても深い味わいのコーヒーになります。サイヒのコーヒーは、水が豊かなせいか、毎年、比較的安定した粒、味のコーヒー豆が輸入されています。

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写真上:ナービー・シュワイブ山より北方の山の標高1800mにあるサイヒ。化石の宝庫で、かつて海の中であったことがうかがわれる。

「雲上の楽園」バニー・イスマイルに絶句する

バニー・イスマイルのコーヒー(登録商標名/イブラヒム・モカ)は、九州・福岡「珈琲美美」の森光宗男氏を筆頭に、97年にバニー・イスマイルの地を訪れた6人と、私と、全国に約30店ほどからなる「イブラヒム・モカの会」のメンバーで共同購入している、イエメンで最も評価の高い最優良コーヒーです。

首都サナアから西に約80kmの所に、マナハ村があります。この辺は、ハラス地方などもあり、コーヒーの生産地として有名なところです。マナハにはこの辺り一帯のコーヒー集荷所があります。バニー・マタルも一部持ってくるそうです。すぐ近くには、収穫豆を脱穀する精製所があり、豆(種)とギシルは国内消費用として取引されています。

ここで見つけたのが、バニー・イスマイル産のコーヒー豆でした。当然、イエメンではバニー・マタル産のコーヒー豆が一番高く取引されていると思っていましたので、バニー・マタルより良質で高い豆があると聞いて驚きました。私自身は、都合により、この年に訪れることはできませんでしたが、翌年の98年に初めて訪れることができました。

マナハより北西に十数km行くと、バニー・イスマイル山はあります。イエメンの産地のほとんどは、谷間に降りていったものでしたが、この地は山の頂上に向かって上がっていきます。かなりの急勾配な岩だらけの道を4WDの来るまで上がっていくのですが、途中から車ではとてもあがりきれず、車をあきらめて歩くこと、約30分。雲を突き抜けるような感覚で、標高2200mの山頂に到着すると、眼前いっぱいに黒くて肥沃な土壌が広がります。山頂を中心にして、東西南の斜面にそれぞれ段々畑があり、コーヒーの木や他の農作物がきれいに並べられていました。まさに「雲上の楽園」といったところです。眼下から吹き抜ける風は、まるでクーラーのようにひんやりとしていて、不思議にどの方向の斜面からも山頂に向かって風が吹いているのです。

3会のイエメン渡航で、ほとんどの山地を見回し、それぞれに感動を覚えたものでしたが、このバニー・イスマイルは別格で、どんなことばでも表せられないほど感動しました。この時の感動は、今でもずっと脳裏に焼きついています。私は、手にしていたビデオカメラを夢中で回していましたが、帰国して再生してみると、「すごいです、すばらしいです」の歓喜の声しか録音されていなかったほどです。

反対側の斜面の段々畑にも、コーヒーノ木が数十本単位で植えられていました。この斜面も、麓より山頂に向かって、風と雲(霧)が吹き上げていました。こんな肌寒い高地で、霜も降りずにコーヒーが栽培されていることに感心するやら、びっくりするやら・・・。

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写真上左:岩だらけのクネクネ道を行くと、突然現れるサイヒの村。まるで、“イエメングランドキャニオン”だ。写真左の手前右にコーヒー畑が見える。
写真上右:“雲上の楽園”を思わせるバニー・イスマイル地方のコーヒー畑。段々畑には、数十本単位で、コーヒーの木が整然と並べられている。

バニー・イスマイルの質の良さの秘密を実感

段々畑に、等間隔にゆとりをもたせて整然と植えられているコーヒーの木は、とても元気があり、はちきれんばかりの実をたわわにつけていました。木の根本にはスパイスの草が茂っていました。
 バニー・イスマイルには、優良なコーヒーができる様々な条件、地(土壌)、風(空気)、天(水)、心(人)が世界最高のレベルで揃っているといえます。イエメン・コーヒーの中で、「バニー・マタル」にも増して、一番評価が高かった理由が、この地を実際に訪れてみて、初めてわかりました。コーヒーだけはなく、ここで栽培される野菜や穀物なども、きっとおいしいものができるのでしょう。ここでのコーヒー豆の収穫期は12月から2月です。
 バニー・イスマイルのコーヒー豆は、標高の高い所に育つため、小粒で丸みを帯び、実がよくしまっています。手に持つと厚みがあり、弾力があります。バニー・マタルほどゴールデン・ビーンズは多く含まれていませんが、コーヒーを抽出してエキスにすると甘みが強く、滑らかでピリッとしたスパイシーな味わいがあります。
 香りはシナモン、ナツメグ、カルダモン、若草などいろいろなスパイスの香りを強く持っています。このコーヒーの一番のキャラクターは、なんといっても、この香りにあるといえるでしょう。
 バニー・イスマイルのコーヒー豆は、今までサウジアラビアが独占的に買い占めていて、それ以外の国には一切輸出されていませんでした。案内してくれたイエメンのコーヒー商社K社に頼んで、なんとか40俵(1表60kg)だけ分けていただき、97年に日本に初輸入され、とても高い評価を受けました。名前は、この地を案内してくれたK社の御曹司イブラヒムさんにちなんで、「イブラヒム・モカ」と銘々しました。イエメンの最高級の限定コーヒー豆を輸入できたことは、歴史的な快挙といえるできごとでした。
“豆は毎年、ほぼ安定した品質を保っていますが、98年には「去年と味が違う」といった声が聞こえました。しかし、これは豆の入荷時期が前の年と半年も違ったことが原因(97年は10月、98年は5月)で、豆の鮮度や水分量が97年と違っていたためだと私は思っています。実は、私の経験ですと、イブラヒム・モカは少しの期間(6~12月位)ストック・エイジングした方が、かえって味や香りが良くなるように感じています。
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写真上右:正面がバニー・イスマイル山。ほとんどの産地が谷間にあったのに比べ、この地は頂上に向かって上がっていく。

コーヒー原産地報告『待夢珈琲店』今井利夫
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